2014年1月27日月曜日

パリ便り

今日も雨降りのパリです。風も心なし冷たくなりました。

月曜日は子猿たちが家でお昼を食べる日なので、母猿は一キロ足らずの通学路を送り迎えのために三往復するウォーキングデーなのです。
お迎えの途中、スーパーで買った花。
学校で先生や親御さんより、「まぁきれい!」と大褒めされていました。
雨降りの中の花ってひときわ精彩を放つのよね

「風が吹くと寒い、ということは北風なのかな」
とブチブチつぶやいていると、兄猿が、
「いや、西から吹いている」
と。たしかに陽が沈む方から風を感じます。するとさらに、
「いや、正確には北西の風だ」
と言います。そうか、太陽はいつもあそこに沈むから、確かにちょっと北よりかも。

お、やるな、兄猿。
バカだバカだ、と心配してたけれど、野生の勘を生かした分析だし、方角の知識もちゃんと蓄積しているじゃないか、とすこし感動。
今日の子猿ランチはハンバーガー・ア・ラ・メゾンでごわす
そういえば兄猿は、最近はボールを学校に持っていきません。やっとお友達ができたようで
「もうマキシム(という友達)といつも色々なことするから、ボールはいらない」
そう。
今までは「ボールがないとさびしいから」と、いつもボールを入れた袋を振り回しながら学校に行ってたのにね。バカ母、なんだかとても嬉しいです。
逆光ですみません。このアングルが必要でしょ、と兄猿がいうもんで……
お昼のあとには、「今日クラスで動物の種類について先生が話しているから、この本持ってっていい?先生に貸してあげるの」と動物の本を持って学校に戻っていきました。
親の私はとっつきにくい先生だなぁ、と思っていたけれど、兄猿はあの先生にちゃんと親近感をもってるんだ、すごいなぁ、とまた母バカなのです。


また缶カラを買ってしまった!
中身はショートブレッド
さて、ワタクシごと。
先週の金曜日より会社の集まりがロンドンであり、ミニ出張に行ってきました。
夫が前日真夜中まで出張で、子猿をバトンタッチしてのきわどいフォーメーションの出発だったし、とにかく旅が苦手なので、これが無事終わり、ほっとしています。

今思えば、スチュワーデスなんて、旅ギライの私には自虐的な職業だったのに、若い時はそんなことも考えず、働いてしまった。
サービスするのとか、同僚とのチームワーク、そして飛行機自体は好きだったから、移動好きだったらもっと長く続けられたかも。
フライト前日、出発間際とか、本当に暗い気分になったものです。一旦出てしまえば、普通に楽しいのにね。これって何なのでしょうね。旅行好きで好奇心がいっぱいに楽しめる人が多いのに。
出発前は自分の住処に磁石で繋がれているのを引きちぎって家を出るような感覚なのです。
皆さんは旅好きですか?

私は一にも二にも、家が一番。
(帰ってきた途端、あまりの散らかり方に、コート着たまま汚れた皿を洗い始めて夫がおののいてましたが……)

これからはマイペースに戻れそうな予感がする月曜日。
どうか平安な一週間を過ごせますように!
皆様も風邪など召しませぬよう、ご自愛くださいね。

こちらもアップされています!お時間あるときにでもご笑読くださいまし

2014年1月24日金曜日

カワイイ子には旅をさせよ

パリ近郊にお住まいの方へのお知らせ♪

友人が赤ちゃんサークル『プチ・わ』を主宰しています。
フランスで子育てをする上で共有したいこと、聞きたいことってたくさんありませんか? そんなママたちの情報交換の場になったらいいな、そして赤ちゃんたちにとっても楽しいひと時になったらいいな、という気持ちから始められたそうです。
対象は0~2歳の赤ちゃん(とその保護者)
週一回、パリ9区で開催中です。ご興味ある方は、コチラ(petits.wa@gmail.com)までメールで問い合わせてくださ~い。


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やっとブログ書きに辿り着きました。
書きたい書きたいと思いつつ、所用に追われておりました。

まずはペンキ塗り。
これは昨年から始まった一大行事です。
今年はこのアパートをリフォームしてちょうど10年が経とうとしています。ペンキに剥がれてきたり、もしくは黒ずんできたりしているのに、ずっと片目をつぶっていたのが、もう限界だったのです。
ちゃんとした業者を探すのがフランスではとても大変だし、バカ高いし、と自分で始めたのですが、今日で8割方終了したけれど、長い道のりだった。もうイヤになりかけてます。でもね、あと少しだから来週からまた少しずつ続行します。
四捨五入したら50ですから、少しずつ、少しずつ、でやらなくちゃ。

その他には、これも昨年から浮上しては沈み、消えたかと思うと浮上し、今まだ漂っている、夫の転勤の話。これに振り回されて、気持ち・心がそぞろになっておりました。もし、今年転勤になると、今年小4になる兄猿は帰ってきたころには中学生。(フランスは小学校が5年制ですからね)そうなると、学校はどうしよう。フランスの教育法は日本に似てて詰め込み式で頂けない、けれど、突然、短期間だけ別のシステムの学校に通わせても、フランスに帰ってきた時についてけなくて可哀そうかな、などと、何も決まっていないのに考えたりしていました。

そんな中、久しぶりに曽野綾子さんの「太郎物語」を読みました。
昔々NHKのドラマでも見たし、本も2回くらいは読んだと思う。
高校生の太郎君、ちょっとオヤジ臭い、老成された高校生。それなりに事件もあるんだけれど、ほのぼのとした話です。あらためて読むと、端々に曽野氏の教育哲学が述べれていて、いま子育て中の身で読むと、すごくハッとする部分が多かったです。

文中、太郎が友達に言います。 「うちの両親はね、僕が孤児としてやっていけるように育てているんです」
……これは高齢両親の私たちも常々意識していることですが、具体的には何もやっていない。しいて言えば、二人目を生んだのは、私たちが他界しても、兄弟がいればさびしくないかな、と思ったのでそれを実行したくらい。
ちび猿は相変わらず好き嫌い多いし、兄猿は何か気になることがあるとすぐ頻尿になったり、アレルギー反応みたいなのが出るほどヤワ。よくないなぁ。

「うちの母親は僕の話を聞いてくれないから、かえってじゃましたくなってべらべら話すんだ。『今日はどうだった?』なんて聞かれたことない。大体、そんな風に聞かれたら、子供なんてかえって何も話したくなくなるもんさ」
……そうだったんだ。
子猿にいつも気を遣って「今日、学校どうだった?」と聞いてたけれど、返事はいつも「よかった」「ふつう」「よくなかった」の3種類。理由を聞いても「忘れた」という。余りにも会話がないから「今日の給食なんだった?」と聞くと、これも「忘れた」。いいかげんにせい、と怒鳴ると、「えーっと。そうだ、ソーセージだった」と応えるのです、兄弟揃って。

でもこれで笑えるのが、父親と食事するときなど、父親に同じ質問をするのですよ、子猿たちが。夫が一生懸命思い出して献立を応えると、「ふーん、おいしそうだね」とこれまた私と同じコメントなの。彼らなりに夫から話を引き出したくて、私のマネをしてるのね。可笑しい。

……その他、布団なしで昼寝してても、母親はあえて毛布を掛けない。自分で寒いというのを感じて、対処法を考えて実践しろ、というくだり。
オララ、私かなりダメ男を作っているかも。風邪でも引いて学校休まれたら困る、と言うのもあるんだけど、とにかく、甘やかし過ぎたわ。

あと、曽野さんの別の本だったかもしれませんが、無農薬とか有機とか、バカ高いもの(何十年も前に書かれてますからね)を買うのは好まない。皆と同じようなものを食べて、それで皆と同じように病気になって死ぬのなら、それでよし。自分だけ生き延びたいと思わない、という下りにも、何か最近もやもやと思っていたことを言い当てて頂いたような気がしました。
病気の治療について聞いていると、お金があれば、情報、医者とのコネクションを持ってれば最新治療が受けられる。そうでないと……。自分の病気になったときはどうするんだろう、と思ってたけれど、この文章読んで、少しスッキリしました。

読み終えて、何よりも
「孤児になっても生きていけるコ」……このエスプリが気に入りました。
ベタベタしてちゃダメよね。人間一人なんだから、一人でもしっかり幸せをかみ締めて生きていけるコにしなくちゃだわ。

これを年頭に、子供たちの進路などを考えてみると、色々クリアになりそう。
子育ても、ある種の思い切りが必要ね。

……そうそう、今日は木曜日。
今年第一回目のコンテス・マナーブックがアップされています。
今回は「子供の勉強」がテーマです。曽野綾子さんと少し共通点がある(?!)コンテスの子育て法について。
お時間あるときにでもご笑読くださいませ


2014年1月15日水曜日

セールじゃ! パリのソルドにて思うこと

パリ近郊にお住まいの方へのお知らせ♪

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さて、先週の水曜日よりフランスで冬のセールが始まりました。

無関心なときもあるけれど、今回は結構物欲があり、先週は子猿たちの来年用の冬服、運動靴、革靴と、夫のやはりズボンのインベントリーをまず購入しました。

兄猿のために、念願のダッフルコートを見つけたので買ってしまった!47.50ユーロなり。
Massimo Duttiの子供服はほんとうにカワイイのです。
ダッフルコートはパディントンベア好きだった子供の頃からの憧れでした。
ちょっと高いけれど、いずれちび猿も着るだろうから、兄猿のものは気前よく買っちゃう。

そしたらちび猿が「ボカ、新しいものない」
とつぶやくので、Monoprix(スーパー)でこんな→セーターを買ってみました。これは15ユーロ位だったかな。

私用も、ちょっとすごい買いっぷり。コート、ダウン、ショートブーツ、ズボンかな、今のところ。あとはロングブーツが欲しいのですが、これが中々見つからない。佃煮にするほど店頭には並んでいるのに、気に入ったのが見つからないという、何なんでしょうね。

それにしてもブティックに行く度に思うのは、服の値段が安いということ。

例えば、私が大学生だった頃、東京でよく覘いてたトゥモローランドとか、ノーリーズ、ビームスなどでコートを買おうとしたら、7万円前後したものでしたが、同じような品質、デザインのものが、今ならZARAやCarollなどのチェーン展開しているブティックで、正価で250ユーロもしません。

20年前の7万円と、今は250ユーロ。為替変動で今は140円台ですが、ちょっと前は100円切ったこともあるユーロですし、日本の価格とフランスの価格の比較じゃオレンジとりんごを比べているようなものか。
でもまぁ、90年代にパリでコートを買ったことがありますが、その時も円換算すると7万円くらいだったと思います。
インフレを考えると誰が何と言っても、服の値段は下がっていると思うのです。

高校生の頃は、Do Familyというカジュアルブランドが憧れで、ここは確かジーンズが6800円前後という、高校生には高い価格設定でした。ここはカワイイ三つ折りソックスがあって、(当時の流行は、50s、60sだったから)1300円と高かったのですが、買ったものを入れてくれるお店の水玉模様のビニールの巾着型の袋が欲しくてね。ジーンズは買えないけれど、ソックスを買って、その袋を体育着入れにして学校に持っていこうと思ったら、ソックス用の小型の袋に入れられてがっくりしたのも、ほろ苦い青春の思い出です。

大学生になった頃にはデザイナーズ・ブランドが流行り、スカートが2万円、ちょっとしたカットソーのトップスが平気で1万円以上してました。
80年代の終わり、時代はバブルの終焉の頃です。
当時の私は、勉強など一切せず、時給850円で、外資証券会社でバイトしまくっておりました。
オフィスにはお金を入れなくてもコーラ類が出てくる自販機があって、こんなところで「アメリカはお金持ち」と思っちゃった、頭・心・懐、全てが貧しい大学生だった頃。

そのバイト代を大して好きでもない洋服につぎ込み、女子大生ブリたかったバカな私。
これもほろ苦いを通り越し、みっともなく酷なる若かりし日の思い出です。

そのあと、日本で就職して、思うところあって海外に出て、結婚し子供を産んで、また少しずつ社会復帰している。
若い頃の私からみたらオバサンを通り越した年になっている。

でも好きな恰好は中・高校生の頃、MC Sisters(というティーン向けファッション雑誌があったのですよ)でみた、アメリカン・カジュアルやちょっとコンサバな「洋装」。

今の東京ファッションとでも呼ぶのでしょうか、ちょっと和風な洋装というか、敢えて美を壊したり(あのストッキング素材のハイソックスがワカラナイ)、アンバランスを楽しむ(あのお人形メークとかがワカラナイ)のとか、ゴスロリ入っているのに対して、80年代、90年代初頭に流行った、ハマトラとか、アイビールックとか、フィフティーズ、シクスティーズは最後の本格「洋装」だったと思うのです。アメリカ文化への憧憬(ま、美化なんだけどね)が汚されていなかった最期だったのだと思う。

……とにかく、そんな、高校時代に憧れたスリムジーンズが今はZARAで25ユーロとかで買えるし、カシミア入り、絹入りといった高級素材も手が届く価格設定になっている。ポロシャツも、昔はあのワニマークにこだわったものでしたが、今は安いものでも十分可愛く袖がつぼまっているものが見つかるし。

もう一つ、変わったなぁと思うのは、「年相応の」ファッションという呪縛が解けていること。 昔の私だったら、40後半にもなって、ハラも出かかっているのに、こういう恰好は「年甲斐ない、恥ずかしい」と思ったかもしれない。でも、気にせず着ちゃえる。

値段による縛りがなくなってきているだけでなく、ファッション観も自由になった今という時代はいいなぁと思います。

さぁ、今日も街に繰り出す用事があるので、幻のロングブーツを求めてさすらってきま~す♪





2014年1月6日月曜日

遅まきながら、明けましておめでとうございます

お正月を越えて、すでにエピファニーとなってしまいましたね。
昨日は初めてGalette des roisを焼いてみました
フェーブは手持ちがなかったので、ナツメグを入れたら
カレーを彷彿させる不思議な香りのガレットになり……
皆様、明けましておめでとうございます。

年末年始は如何過ごされましたか?
日本は寒かったのでしょうか。
ニューヨークは大雪で大変そうですね。
パリは雨が多い年末年始でしたね。

私はというと、なんと元旦の朝、クロワッサンを食べていたら、ゴロっと歯が落ちたのです!!
それも前歯のすぐ横の歯!
既に神経抜いてた歯で、落ちたのは差し歯だったから痛みがなかったのはよいけれど、私は一つ一つの歯が大きいので、かなり目立ち、はっきりいって間抜け面でした。

私は元来歯が悪く、何年か前に前歯を差し歯にしたのですが、そのとき以来時折、前歯が取れる夢をみるようになり、起きていても、「もし、今取れたら……」と、特に歯医者さんがバカンス中など、心のどこかで怯えていました

それが前歯の隣の歯とはいえ実際に起きてしまった。それも元旦に……。来週(今日ですが)までは歯医者さんもお休みだろうし、それまではこの間抜け面か。

でも、ですね。
悪夢が実際に起きてしまうと、結構笑えたのですよ。ま、前歯よりその横だと、少しマシというのもあったのかもしれませんが、恐れていたより、気にしないでいられる自分がいたのです。
翌日、翌々日は友人らと会う予定があったのですが、それも「笑ってもらおうっと!」と気にしないでいいられました。
そして、「そうだ!」とばかりに、「週末に義理叔母あたりからお声かけがあるかもしれないけれど、私はこの顔だから欠席ね!」と口実ができて、シメシメと思ったりもして。
とにかく長年の呪縛から解かれたような、爽やかさを感じていました。

ただ、そう思ったのは私だけだったようで、翌2日、出勤時に夫は、「ダメ元でドクターに電話して」といい、子猿たちも「ママ、歯がないときれいじゃない」と、「電話したら?したら?」攻撃。どうせ留守電と思いながら電話してみれば、ドクターはいないけれど、歯科衛生士さんが出られ、事情を説明したらなんとかかりつけの歯医者さんが休日返上し、郊外から診療所までバイクで飛ばしてくださって、小一時間で元通りに治してくださりました。
「んまぁ!ありがとう」というと、「だってあの顔はないでしょ」、ですって。よほど間抜け面だったのね、ワタシ。

元旦に取れた歯が、2日に戻る、という超特急な事件の収拾に喜び一入。サービスのろのろ国、フランスでもこういうことがあり得るのですね。

そして週末は、12月ごろから行事・ちょっとした事件続きで実施の機会を得られずにいた、「本読んで昼寝してまた本読んで」という、私にとって最上級の週末であり、即効力抜群の疲労回復メソッドを実行することができました。
2014年の読み始めは、これ。
連日深夜までかかって一気読みしちゃいました。
新聞小説というサブタイトルのように、同作家の他の小説より世俗的だったけれど、(だったからこそ?)すごーく面白かった。ただ、高齢者の読者の方には厳しい描写が多いかも。
一方、介護を経験された方でしたら、とても共感もって読めるとも思います。

中心となるのは母と娘の確執、情愛についての話。
「母親は、娘に自分を投影して、自分ができなかった生き方を押し付けるところがある」というくだりでは、引き出しの上に飾ってある、子猿たちが幼児だったころに夫と三人で映っている写真立てに目が行きました。

女の子が欲しかったけれど、私みたいな母親には男の子で良かったのかも。

私は子猿たちに対し、自分の失敗から「こうした方がいい、こうしなさい」という考え方などを押しつけたりもしますが、そんなに固執してない。
「どうせ私と違う生き物だから違う生き方するし」という別物意識が自然とあるのは、これが男の子だから、ということがあると思う。
これが娘だったら、もう、もっとしつこく指導しちゃったりして、大変だと思います。

よくふざけて、「Mes trois garcons(私の3人の男の子たち)」と夫を含めて呼ぶことがありますが、本当に、夫と子猿たちが一グループで、私は部外者、という意識がどこかにある。
でも私みたいに、ベタベタでヨタヨタなのは、これくらい距離感があってちょうど良いのだと思います。

新年初のエントリーから、毎度がごとく徒然に綴ってしまいましたね。
パリでは今日から学校も始まり、平常運転が再開しました。
週末にしっかり充電したし、何が起こるか分からないけれど、
果敢に挑むぞよ、2014年!

今年もどうぞよろしくお願いいたします。






2014年1月1日水曜日

一年の終わりに……

日本ではすでに新年ですが、パリはまだあと5時間ほど2013年ですので、締めくくりブログを書こう、とビールとチップをコンピュータの横に置きました。
が、はて何を書こう。

22日から昨日まで義理家族と一緒でした。
22日から26日までは、義理の妹家族が住むロンドンにて、
27日から昨日までは義理両親のサルトにあるメゾンドカンパーニュにて、
義理両親、義理妹家族、義理叔母2人と一緒。ロンドンでは義理妹が2人いるのですがこの両家族もいたから、総勢18名!
移動移動とその準備、後始末、そして大勢の人と一緒の生活があまりワーワーしていて、まだ頭が飽和状態。
締めくくりブログといっても、書きたいことはたくさんあるはずなのに、何から書いていいのか……。

人数が多いと、一人一人との付き合いの密度が薄まるので、これはよかった。親戚とはサラ―ッと付き合った方が疲れない。
また、義理の妹が2人いて、その両家族とも、上手く行っている様子が伺えて、それも良かったです。幸せなのが一番。
一方、年配層はというと……。

曽野綾子氏の「戒老禄」にもありましたが、年取ると、悲しき哉、人のネガティブ・クォリティが濃度濃くなっていくような気がします。

フランスでは歳を取っても、プライドは高く、いつまでも現役、と張り切るタイプが多いような気がします。日本だと、少なくとも一般的には、年取ったら第一線から退き、若い人を立てるべく、自己主張は控えて、というのが年配者の姿勢だと思っているのですが、いやはや、我がフランスの親戚の年配組は、意気盛んです。誰々は受勲したとか、私もよ、とかという話題で盛り上がってました。

昨年は仕事である著名なデザイナーのインタビューをする機会がありました。その際、記事に略歴を載せるので、受勲歴も記載したら、ゲラをお見せした際、「う~ん、これは記載しなくていいわ」とおっしゃってたことを思い出します。本当に素敵な方でした。

こういう風に歳を重ねたい、と心から憧れています。

一方義理の叔母たち…。
プライドが高いのはいいのですが、一言で言えば、かわいくない! 人間可愛げがないとね。(こんなこと書けるのも、グーグルの日本語翻訳がN'importe quoiなうちですね。それでもちょっとスリルを感じています)
この経験を反面教師に、わしゃ、ユーモアがあり可愛げのあるおばあちゃんを目指すぞ!

近年、「気功」の概念に興味を持っているのですが、最近分かったのは、人に対してがっかりすることがあると「気」を削がれちゃう、「気」を持ってかれちゃうみたいです。
だから、義理家族と接するときは色んな理由から自分をガードしているのですが、それも疲れる。
そしてガードしているのにもかかわらず、やっぱり気を持ってかれちゃうので、さらに疲れるのだと思う。

そうそう、年末の事件(大げさですが)として、とあるフランス人の知人より、ちょっとした苦情を受けたことがありました。詳細は省きますが、私の常識からすれば、言わなくても良いようなことをダイレクトに強い口調で繰り返し伝えられ、私はぎょっとしながらも、流そう、と決めたのにもかかわらず、しばらくの間、すごーく動揺してました。

そのうち、何故私はこんなに動揺してしまうんだろう、とそっちの方が知りたくなって頭を悩ましていました。コーヒーすら喉を通らないなんて、ワタシらしくありませんもの。

何人かの友人に話を聞いてもらってアドバイスを貰っていくうちに、私の動揺の原因は、無神経な行動に対する怒りや、知人に対するがっかり感、「流す」ということは無情理を受け入れるということで、それに対する心の葛藤などが原因なんだ、ということが見えてきて、少しずつ落ち着いてきました。友人らにカウンセリングをしてもらったようなものです。動揺の理由を分析することは心の平安を取り戻すのによいのだな、また友人らに話す、聞いてもらうという行為も大切だということを再確認しました。

久々のいきなりパンチに、「気」を許し過ぎていたのかな、とちょっと反省もし。

でも開けっ広げに「気」を解放するのはどうかと思いますが、一方で人に対して自己防衛から心を閉じるのも後ろ向きで良くないというのは一目瞭然。
だけど傷つきたくない。
このジレンマ!

妥協点として、今は見知らぬ人でも、少なくとも一旦は、せめて玄関口までは受け入れる、そこからスタートする、そんな姿勢で接していきたい。

でも、攻撃(強い言葉ですかね)を受けたときに、揺るがない、揺れても、その揺れを楽しめるような大きな人間になりたいです。

以前、宮沢りえちゃんが、確かVogue誌のインタビューで、大切なものは何か、と聞かれ、
「心の振り子です。大きな悲しみがあって、大きな喜びがある。この心の振り子が私の源」
と言ってたように記憶しています。

私もりえちゃんみたいに(図々しいですが)、心の振り子が大きく振ることを怖がらずに、喜怒哀楽をかみ締める2014年にしたいです。

お、そうこうしているうちにパリもあと4時間ほどで2014年がやってくるようです。

みなさま、今年もエトランゼブログをご高読、ご笑読くださいましてありがとうございます。
どうぞ、素敵な新年をお迎えくださいませ。