2012年3月26日月曜日

晴耕晴読

このところのパリは快晴続き。花もホコロビ、サクラサク。
こうして桜を見上げるたび、「パリのニホンよ、また会えたね」と想うワタシ。


週末は大忙しでした。
折角の週末だもの、夫・子供と同じのんびりモードに浸りたい。しっかり寝坊し、たらふく食べて飲んで、昼寝をしたい。でも、やるべきことは週日以上。掃除・洗濯・アイロン・子猿のピアノ、宿題・朝・昼・夜ご飯作り。そうそう、晴れているかぎり公園に行かないといけない、という夫の信仰のお付き合い。信仰といえば日曜ミサ。その上この週末は夏時間が始まったので一時間ほどお天道様に返却もしたし。

でも、母猿は自分は素晴らしいと思いました。上記のこと、ほぼ80%(いや、70%かな)成し遂げた上しっかり朝寝もして本も読んだ!寝ながら読み、読みながら寝た。

まずは初の江国香氏の「きらきらひかる」
透明で、ぷぷっと笑わざるおえないようなタッチが素敵だと思いました。また、昔好きだった岩館真理子さんの漫画を思い出したり。
こういう「透明」で非現実的なのに情景が思い浮かぶような本って、漫画文化の歴史が深い日本ならではの産物なのではないでしょうか。例えば、この本を外国人が読んでその頭の中のイメージを映像化すると、私や日本人読者のそれと随分違うものなのではないだろか、なんてね、空想しながら土曜の二度目の朝寝をしました。

次は、中沢新一氏の「日本の大転換」
昨年の7月に書かれた本のようです。東北震災、その後の原発問題。これを機に日本は変わるしかない。今までの原発依存という非自然的(≒非日本的)な環境から逸脱しよう、という内容かと。私が漠然と感じていた「原発と日本って何か違うよねぇ」というのを図式・チャートで説明され、少しだけ明確になったような気がしています。
フランスではKamikaze、Tsunamiは外来語になっていますが、「Fukushima」も説明分なく、そのまま使われるようになりました。この本読み終わって思ったのは、このFukushimaという言葉が「あぁ、あの新しいエネルギーが生まれ、シンプルな生活美を確立したきっかけになった、あれね」という風に使われるような将来になったらいいな、ということです。
……この本は兄猿のピアノのおさらいを聴きながら読み(寝?)ました。

最後は、目下のマイブーム、山本周五郎氏の「日本婦道記」
武士の嫁、娘などの女性の武士道というか、生き方の短編集。彼の作品を読めば読むほど、武士道とキリスト教は似ているなぁと思うようになってきました。
キリスト教は神(主)を信じ忠誠を近い、良き人間であれ、と諭す。武士道は、主君を信じ献身的に仕え、道を踏み外すことなく生きること。主と主君を入れ替えれば、その生き方に違いがあまりないような。
封建的な歴史的背景の中なので、その制約の中の女性像になっていますが、男性作者とは思えないほど、女性の気持の機微や論理の立て方などを理解されていて、素晴らしいと思いました。
また、山本氏の小説は、武士であれ、そうでないのであれ、男、女かかわらず、人間として美しい生き方、人間らしい生き方を通す登場人物がいて、それ読んでいるうちに、心の中に涼風が吹き、自分も高められたような気になります。「私も頑張ろう、こういう風に生きよう」と思わされるのです。
話事体もとても巧く組み立てられエンターティニングですが、それよりも彼のメッセージが伝わってくるようなところが好きなのです。
……これは昨夜読みながら寝ました。

さて月曜日。
今日も快晴で花粉も飛びかっています。そろそろこの夏の日本行きのチケットを買おうかと思ったりしています。